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東京地方裁判所 平成6年(ワ)11053号 判決 1996年2月21日

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  原告の請求

一  被告明治生命保険相互会社(以下「被告明治生命」という。)は、原告に対し、金一〇三四万九一五七円及びこれに対する平成六年六月一八日から支払済みに至るまで年六パーセント又は年五パーセントの割合による金員を支払え。

二1  被告株式会社東海銀行(以下「被告東海銀行」という。)は、原告に対し、金七五九万〇九六九円及びこれに対する平成六年六月一八日から支払済みに至るまで年六パーセント又は年五パーセントの割合による金員を支払え。

2  被告明治生命及び同東海銀行は、原告に対し、各自金七五九万〇九六九円及びこれに対する平成六年六月一八日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告東海銀行から融資を受けて被告明治生命の終身型一時払い変額保険に加入した原告が、変額保険への加入に際し、虚偽の説明を受けた等として、錯誤、詐欺又は不法行為を理由に、被告らに対し、不当利得の返還及び損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実(後者の事実については、認定に供した主な証拠又は証拠部分を末尾に略記した。)

1 (当事者)

原告は、住所地において医院を開設している医師であり、後記本件変額保険契約の申込み当時六四歳(大正一四年八月二二日生まれ)であった。

被告明治生命は、生命保険業を営む相互会社であり、被告東海銀行は、銀行業を営む株式会社である。

2 (被告東海銀行からの借入)

原告は、平成二年七月九日、原告の後記変額保険契約に基づく保険料及び諸経費支払いのために、被告東海銀行から三〇〇〇万円を借り入れた(以下「本件借入」という。また、被告東海銀行からみて「本件貸付」ということがある。)。

3 (本件変額保険契約の締結)

原告は、平成二年八月一日付で、被告明治生命との間で、左記のとおり変額保険契約を締結し(以下「本件変額保険契約」という。)、これに先立つ同年七月九日、被告明治生命に対し、保険料二八八四万三五〇〇円を本件借入金をもって支払った。

(一) 被保険者 原告

(二) 保険契約者 原告

(三) 基本保険金 五〇〇〇万円

(四) 保険料 二八八四万三五〇〇円

(五) 保険料払込方法 一時払い

(六) 保険期間 終身

4 (本件変額保険契約の解約)

原告は、平成五年一〇月一三日、本件変額保険契約を解約して、解約返戻金一八四九万四三四三円を受領した。

二  争点

本件の争点は、

被告明治生命に対する請求については、<1>本件変額保険契約締結に際し、原告の錯誤又は被告明治生命の従業員による詐欺があったか否か、<2>被告明治生命の従業員の勧誘が不法行為に該当するか否か

被告東海銀行に対する請求については、<3>本件変額保険契約と一体として、本件貸付けが無効か否か、<4>被告東海銀行が、同明治生命とともに共同不法行為責任を負うか否かである。

1 (被告明治生命に対する請求についての原告の主張)

(一) (勧誘)

被告明治生命上野支社葛飾営業所長小俣一喜(以下「小俣」という。)は、平成二年六月ころ、原告方を訪問し、変額保険への加入は、「絶対に損はない」し、「相続税対策として極めて効果的」であって、原告の所有する不動産に根抵当権を設定すれば、保険料はもとより、その借入利息も全て銀行からの借入れにより調達でき、追加担保の提供等の必要もない等と、変額保険への加入を執拗に勧誘した。原告は、変額保険の仕組みについて理解はしていなかったが、小俣が自己資金なくして多額の利益を獲得できることを強調するため、「危険ではないか。」と尋ねたところ、小俣は、「私は慶応大学を出た正式の社員(であり虚偽は言わない)。」「明治生命には五兆円の資産がある(から客に損をさせたり迷惑をかけたりすることはあり得ない)。」と、絶対に危険はなく、安全確実であることを強調した。そして、小俣は、原告に対し、変額保険は確実に多額の運用益を確保でき、これと借入金元利合計額との差額をもって相続税支払資金を獲得できるのであり、手取りとして少なくとも五〇〇〇万円は儲かるとともに、借入金分を遺産の積極財産から控除し得ることにより相続税の軽減を図ることができるなどと、手書きの表やメモを利用して説明し、本件変額保険契約の締結を勧誘した。

(二) (錯誤・詐欺)

(1) (詐欺・錯誤)

原告は、小俣の(一)の説明により、変額保険が確実に利益を発生して損失を生ずる余地のないものと誤信して本件変額保険契約に及んだのであるが、実際には、保険金の額が主に株式や債権で運用される特別勘定の運用実績により大きく変動し、解約返戻金が支払保険料を大きく下回ることもあるのであった。右は、意思表示の重大な要素にかかわる錯誤であり、被告明治生命は原告が錯誤に陥っていることを認識しているのであるから、本件変額保険契約は錯誤により無効である。

また、原告は、小俣の右(一)のような詐欺により本件変額保険契約を締結したのである。そして、原告は、平成六年六月一七日送達の本訴状をもって右契約を取り消した。

(2) (損失)

右錯誤又は詐欺取消により、本件変額保険契約は無効となっている。その結果、原告は、保険料二八八四万三五〇〇円から解約返戻金一八四九万四三四三円を差し引いた一〇三四万九一七五円の損失を被った。

(三) (不法行為)

(1) (注意義務)

変額保険は、株価の下落や為替の変動によりリスクが直接的に保険金額に反映され保険加入者が投資リスクを負担させられる特殊な商品であり、株式市況等によっては支払保険料を下回る解約返戻金しか支払われないこともある。日本では昭和六一年一〇月から発売されたに過ぎず、このような商品特性やその本質が周知の事柄となっていない。したがって、契約締結にあたって、保険会社の従業員は、顧客に対し、商品の内容、特徴、メカニズム及び危険性を十分に説明し理解させる義務がある。

(2) (注意義務違反)

しかるに、小俣は、右義務に違反し、変額保険の特質を説明しなかった。

のみならず、小俣は、かえって、変額保険は絶対に安全確実で危険はないなどと虚偽の事実を告知するとともに、その運用実績は年九パーセントの配当率となることが既定であるかのような書面を用い、前記のとおり原告を錯誤に陥らせて無効な契約を締結させたものである。

小俣の右勧誘行為は、保険募集の取締に関する法律(以下「募取法」という。)一四条、一五条二項及び一六条一項に違反するとともに、原告に対する不法行為に該当する。

(3) (原告の損害)

原告は、小俣の右不法行為により、本件変額保険契約の保険料から解約返戻金を差し引いた一〇三四万九一七五円の損害を被った。また原告は、平成二年七月九日から平成五年一〇月一三日までの本件借入金利息合計七〇七万〇一三四円、被告東海銀行から同明治生命に対する送金手数料七二一円、事務手数料三万〇九〇〇円、口座手数料二二一四円及び本件借入れに伴う担保設定のための司法書士手数料四八万七〇〇〇円を出捐した。

(四) よって、原告は、被告明治生命に対し、(一〇三四万九一七五円は選択的)

(1) 本件変額保険契約の無効による不当利得返還請求権に基づき、保険料から解約返戻金を差し引いた一〇三四万九一七五円及びこれに対する被告明治生命に対する本訴状送達の日の翌日である平成六年六月一八日から支払済みまで商事法定利率の年六分の割合による遅延損害金

(2) 被用者の不法行為に基づく使用者責任により、本件変額保険契約の保険料から解約返戻金を差し引いた一〇三四万九一七五円及び借入金利息等の出捐分合計七五九万〇九六九円並びにこれらに対する被告明治生命に対する本訴状送達の日の翌日である平成六年六月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払いを求める。

2 (被告明治生命の主張)

(一) 原告の主張1(一)の事実は否認する。

小俣は、原告に対し、絶対に大丈夫とか、損はないとか、確定的な利回りがあるなどと説明したことはない。小俣は、本件変額保険契約の勧誘に際し、平成二年四月から六月にかけて、原告方を訪問し、変額保険の設計書を主として使って重ねて危険性を説明し、原告の理解を求めた。小俣がした説明の概要は、左記のとおりである。

(1) 変額保険は、保険料(全部ではない。)を株式等に投資して運用するので、保険金、解約返戻金は、その実績によって変動する。

(2) 株式投資に失敗し、運用実績がよくない場合でも、基本保険金(死亡保険金等)は支払われる。

(3) 財テクではなく、相続対策として考えてほしい。

(4) 保険料支払いのために銀行から借り入れて、利息が加わっても、相続時に債務控除の対象になるので、利息全部が損失になるわけではない。

原告は、小俣の右説明を聞き、危険性を考慮して慎重に判断し、小俣が保険金二億円の保険加入を勧めるのに対し、保険金を五〇〇〇万円に減額して本件変額保険契約を締結した。

(二) 同1(二)(詐欺・錯誤)について

同1(二)(1)のうち、変額保険における保険金額が特別勘定の運用実績により変動すること、解約返戻金が支払保険料を下回ることもあることは認める。その余の事実は否認する。

同1(二)(2)のうち、原告の保険料の支払いと解約返戻金受領の事実は認める。主張の趣旨は争う。

(三) 同1(三)(不法行為)について

同1(三)(1)の事実は、一般論として争わない。ただし、理解させる義務が法的にあるかどうかは疑問である。

同1(三)(2)の事実は否認し、主張は争う。運用実績の九パーセントは既定としてではなく、例として説明した。

同1(三)(3)のうち、保険料及び解約返戻金の額は認め、その余の事実は不知。

(四) 同(一)(4)(結び)は争う。

3 (被告東海銀行に対する請求についての原告の主張)

(一) (変額保険契約と金銭消費貸借の不可分一体性)

(1) (背景)

変額保険が発売された昭和六一年ころから、国内ではバブル経済と称される不動産価格、株式価格の高騰が始まり、これと並行して土地の値上がりによる相続税問題がクローズアップされるようになった。変額保険は、保険料を全額銀行より借り入れて一括払いすれば、当該借入分が課税対象からはずれて節税対策となる一方、死亡時の保険料をもって借金返済及び相続税支払原資に充てることができ、運用実績如何により支払利息を上回る利鞘を獲得することができるというメリットがある。

そこで、特に平成元年ころから、生命保険業界、銀行業界は一層の地価高騰を背景に「変額保険で相続税対策を」、「(銀行の保険料一括融資により)一銭もいらない相続税対策」などというキャンペーンを展開し、生命保険会社と銀行が提携して、変額保険の積極的な売り込み攻勢をかけるようになった。生命保険会社にとっては、融資により保険料が賄われるため保険料徴収に関する自社のリスクを回避することが可能になり、契約者に直接的出捐を強いることがなくなるので保険商品を売り込みやすくなるという利点があり、他方、銀行にとっても、土地等を担保として安全確実な多額の融資が実行できるというメリットがあることから、以降、変額保険の売り込みにあたっては、生命保険会社と銀行が継続的提携関係を結び、銀行融資抱き合わせのいわば「セット販売」が展開されるようになった。このように、保険商品としての変額保険は、相続税対策という観点において保険契約と融資契約が実質的にも経済的にも不可分一体の関係をなしている。

(2) (本件における不可分一体性)

本件においても、原告は、保険料支払いにあたって、当初主取引銀行である三菱銀行から既に設定済の根抵当権を利用して借入れをするつもりであったが、被告明治生命は、本件変額保険契約の勧誘に際し、被告東海銀行葛飾支店銀行員を同道し、両者こもごも原告に対し、それまで何の取引もなかった被告東海銀行から借入れをすることを強引に指示した。

被告らが一体となって右のように執拗に勧誘、指示したことから、原告は、平成二年七月九日、やむなく被告東海銀行から三〇〇〇万円の本件借入をなし、同日、被告明治生命に対し、そのうちの二八八四万三五〇〇円を保険料として支払った。

さらに、被告東海銀行は、右貸付金利息等の支払資金を必要とする原告に対し、左記の金員を貸し付けた(以下「本件付随貸付」という。)。

<1> 平成二年一一月二九日 一〇〇万円

<2> 平成三年四月三〇日 二〇〇万円

<3> 平成四年二月一八日 一〇〇万円

<4> 同年七月二三日 一七〇万円

<5> 平成五年七月二〇日 一四五万円

(二) (公序良俗違反・錯誤等)

右の一連の経緯は、被告明治生命及び被告東海銀行の密接不可分性を示し、本件変額保険契約と本件貸付及び本件付随貸付とは、不可分一体の関係にある。被告東海銀行は、本件変額保険契約が、前記1(二)のように錯誤ないし詐欺取消により無効となるべきものであることを知りながら、自己の利益のため、不可分一体の関係において融資を実行した。

第一に、かかる事情のもとに締結された本件貸付は、公序良俗に反し無効である。

第二に、割賦販売法三〇条の四の類推適用もしくは信義則により、原告は被告明治生命に対する錯誤無効もしくは詐欺取消を被告東海銀行に対抗することができ、被告東海銀行の本件貸付に基づく履行請求を拒み得ることが明らかであり、したがって、原告の既履行分についても被告東海銀行に保有を許すべきではなく、同被告には信義則上不当利得返還義務が生ずる。

第三に、本件変額保険契約が無効である以上、それと不可分一体である本件貸付も無効である。

よって、被告東海銀行は、本件利息等合計七五九万〇九六九円を、原告の損失において、不当に利得している。

(三) (不法行為)

原告においては、銀行融資なくしては保険契約に至らなかったのであるから、本件変額保険契約の締結における被告東海銀行の存在は重要である。しかるに被告東海銀行は、同明治生命が、変額保険の投機性や高度の危険性にもかかわらず、絶対かつ確実に利益が発生して損失など生ずる余地もないものと虚偽の事実をもって勧誘していることを承知し、さらに積極的に加担していた。

被告東海銀行の右行為は、原告に対する被告明治生命との共同不法行為に該当し、原告は、これにより、本件支払利息等合計七五九万〇九六九円の損害を被った。

(四) よって、原告は、被告東海銀行に対し、選択的に、

(1) 本件貸付の無効による不当利得返還請求権に基づき、本件利息等合計七五九万〇九六九円契約及びこれに対する平成六年六月一八日(被告東海銀行に対する本訴状送達の日の翌日)から支払済みまで商事法定利率の年六分の割合による遅延損害金

(2) 被告東海銀行による不法行為を原因として、本件利息等合計七五九万〇九六九円及びこれに対する平成六年六月一八日(被告東海銀行に対する本訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払いを求める。

4 (被告東海銀行の主張)

(一) 原告の主張3(一)(1)の主張の趣旨は争う。同3(一)(2)のうち、被告東海銀行の行員が被告明治生命の従業員とともに原告と面談したことは認めるが、その余は否認する。

被告東海銀行の行員小桧山利夫「以下「小桧山」という。)は、同行葛飾支店においてローン業務を担当していたところ、平成二年六月中旬ころ、同支店に来店した小俣から「甲野太郎という人が、相続税対策として保険料一時払いの終身保険に加入することを希望しているが、融資できるか。」と保険料払込資金について融資の打診を受けた。

小桧山は小俣に要求して担保不動産の登記簿謄本を持参してもらい検討するとともに、平成二年六月下旬ころ、小俣に連れられて初めて原告方を訪問し、財産活用ローンの内容を説明し、融資手続きに関する必要書類を揃えてもらうよう依頼した。その席上、小桧山が原告に説明した内容は、融資金額、利息及び返済方法並びに担保等の融資条件に関する事項に過ぎず、小桧山は、保険の内容に関して一切話をしていない。

その後、小桧山は、本件貸付を実行した同年七月九日に至るまでの間数回にわたって原告と面会しているが、これは全て融資に関する書類の徴求並びに交付のための面談であって、保険について説明したことはない。

以上のとおり、原告が本件変額保険への加入を決意するに至ったのは、専ら小俣の勧誘に起因するものであって、小桧山は保険について何らの勧誘行為も行っておらず、ただ単に保険への加入を決意した原告からの依頼に基づき融資を実行したに過ぎない。

(二) 原告の主張3(二)(公序良俗違反・錯誤等)の事実は否認し、主張は争う。

(三) 原告の主張3(三)(不法行為)の事実は否認し、主張は争う。

(四) 原告の主張3(四)(結び)は争う。

第三  争点に対する判断

一  変額保険の内容・性格等

1 変額保険の仕組・特色

記録によれば、次の事実が認められる(以下、事実認定については、認定に供した主な証拠または証拠部分を、当該事実の末尾に略記する。)。

(一) 特別勘定の資産運用

変額保険は、我が国においては、昭和六一年一〇月ころから発売が開始されたものであり、保険会社が保険契約者から払い込まれる保険料中、一般勘定に繰り入れる部分(付加保険料や特約保険料)を除いた積立金を特別勘定として独立に管理し、これを主に上場株式、公社債等の有価証券に投資し、その運用成果に応じて保険金額が変動する仕組みの生命保険である。加入者は、特別勘定の資産運用により高い収益を期待できるが、一方で株価の低下や為替の変動などによる投資リスクも負うことになる。

(二) 基本保険額の保障

変額保険においては、被保険者が死亡・高度障害になった時に保険金が支払われる。その金額(死亡の場合には死亡保険金。以下、便宜、死亡保険金を例にして検討する。)は、変額保険金額と基本保険金額からなる。前者は特別勘定で運用されるものであり、後者は約定の一定金額であり、前者が運用の結果マイナスとなっても、死亡保険金としては、基本保険金額は支払われることとされ、最低保障を伴ったものとなっている。

(三) 解約返戻金

変額保険契約も保険期間の途中で解約することができる。その場合に保険会社から支払われる解約返戻金の額は、解約請求日の積立金から一定額を控除(定額保険に準じる。)して計算される。積立金とは、特別勘定で運用される資産のうちの当該保険契約の持分のことであり、特別勘定資産の運用実績に基づき毎日変動する。したがって、解約返戻金も毎日変動する。積立金の額には最低保障はないから、解約返戻金にも最低保障はない。(なお当裁判所が入手した「変額保険の解説」(日本保険新聞社昭和六一年発行)五六頁)

(四) まとめ

以上からすれば、契約者から経済的に見ると、変額保険の主要な性格は保険会社に資産の運用を一任し、投資収益を期待するという商品ということになる。

この性格に加え、変額保険は、その支払時期と支払金額に特色がある。すなわち、被保険者が死亡した時期に初めて、それまでの資産運用の成果である金額(変動保険金額)と約定の一定金額(基本保険金額)とが死亡保険金として支払われる。前者はそれ自体として時々において変動するので、後者との合計額も本来は上下に変動することになるはずである。しかし、政策的観点から、変額保険金額がマイナスとなっている時でも、変動保険金額と基本保険金額との合計額としての死亡保険金の額は、基本保険金額を割り込むことはないこととされ、基本保険金額分の最低保障を伴っている。

保険契約者が保険会社から金銭の支払いを受ける場合としては、もう一つの類型がある。それは解約して解約返戻金を受け取る場合である。時期は自由に選べるが、金額は、基本的には委託して運用されている資産の成果分であり、最低保障はないわけである。

したがって、変額保険は、安全性を重視して万一運用成果が予定利率を下回った場合でも給付の保障された定額保険とは正反対の商品というべきであり、変額保険の契約者には投資家としての自己責任を求める必要が生じる。

2 変額保険と相続税対策

次に、変額保険に加入する場合の動機として問題とされるいわゆる相続税対策と変額保険との機能的関係を検討する。

(一) 背景

次の事実は一般に知られているところである。

変額保険は、昭和六一年ころに発売されたが、このころ国内ではバブル経済と称される不動産価格、株式価格の高騰が始まり、これと並行して土地の値上がりによる相続税問題がクローズアップされるようになった。そして、変額保険は、銀行より借り入れた資金で保険料全額を一時払いで支払えば、当該借入分が負債として実質的に課税対象からはずれる一方、死亡時の保険給付金を借入金返済及び相続税支払原資に充てることができ、特別勘定部分の運用実績如何により支払利息を上回る利鞘を獲得することができるというメリットがあると喧伝され、特に平成元年ころから、不動産所有者が、所有する不動産を担保に銀行融資を受けて一時払いの変額保険に加入する例がみられた。(一部は、弁論の全趣旨から認められる。)

しかし、後記(二)(三)から明らかなとおり、右のような喧伝には不正確な点があることに注意しなければならない。

(二) 被保険者の別と相続税対策

証拠によれば、不動産を担保にして融資を受けた保険料をもって変額保険に加入することによる相続税対策として世に言われ、あるいは利用されている例としては、大きく分けて、<1>保険契約者を被保険者本人とする場合と、<2>保険契約者の子を被保険者とする場合との二つがあるとの事実が認められる。そして、それぞれの場合における相続税との関係は基本的には次のようにいうことができる。

(1) 保険契約者が自己を被保険者とする場合

保険契約者(被保険者)が死亡して相続が発生すると、遺族に死亡保険金が支払われる。この死亡保険金は、遺族(相続人の場合)が相続より取得したものとみなされ(同法三条一項一号)、遺族は相続税を負担することになる。また、遺族は、保険契約者(被相続人)が負担した借入金債務を相続により引き受けることになる。したがって、特別勘定の運用実績が高く、支払保険金が高額の場合には、遺族は当該保険金によって借入金の元利金を返済し、残額を相続税納付の資金とすることができる。このように納税のための資金を準備することができる場合があるという意味では、定額保険と違って保険金額が変化するものの、標記の変額保険も相続税対策の一つと見ることができる。インフレ傾向が続き相続税額が上昇するときには、定額保険は保険金額が目減りして実効性が弱いが、このような場合には変額保険は、その保険金額がプラス方向に変動するので、大いに期待されることになる。

なお、この場合、後述する保険契約者が子を被保険者とする場合と異なり、支払保険金が借入金を上回る限りは、その分だけ相続財産が増加し、借入金による相続財産の圧縮効果は得られないから、相続税額を軽減することはできない。これに対し、支払保険金額が借入金を下回る場合には、便宜他の資産を考慮しないこととすると、債務超過となり、借入金負担はあるものの相続税が発生しないということになる。

(2) 保険契約者が子を被保険者とする場合

子を被保険者とした場合、保険契約者が死亡して相続が発生すると、保険金が支払われるわけではないが、借入金債務と生命保険契約上の権利が、被相続人(保険契約者)から相続人(子)に移転する。

ここで、一時払いの生命保険契約上の権利についての評価は、相続税法上、一時払保険料の額によるものとされている(同法二六条一項但書)ため、相続税を算定する上でのマイナス財産である借入金債務は利息によって大きく膨らんでいるのに対し、プラス財産である生命保険契約上の権利の評価額は一時払保険料の額のままで一定である。その結果、相続財産全体の評価としては、借入金債務と一時払い保険料額の差額分だけ、相続財産全体の評価が圧縮され、相続税は低減される。

しかし、保険契約者が死亡した場合においても、同人の子が被保険者となっているので、死亡保険金は支払われない。そこで、右相続の発生に伴う相続税及び相続により承継する借入金の支払いは、他に資金がなければ、承継した保険契約を解約して得る解約返戻金をもって充当することになる。したがって、右の相続税の圧縮効果に加え、解約戻金の額が借入金債務を上回っていれば、それをもって借入金を返済し、相続税の支払原資を得ることもできる。さらに、被保険者とされた相続人としては、相続税を支払う余力が別途にあれば、保険を解約せずに相続によって取得した右保険契約上の権利をもって、将来における自己についての相続開始時に自己の相続人がその相続税の支払原資とすることも期待することができる。なお、被保険者とされた子が死亡するのは相当先のことであるのが通例であるから、死亡保険金の支払時期も当然将来のこととなる。

(三) まとめ

右(二)によれば、次のようにいうことができる。

(1) 相続税対策の背景と変額保険

不動産等の資産が値上がりすれば、将来の相続発生の時に相続税が高額となり、それを支払うためには、当該不動産等を売却し、譲渡所得税を支払って残った金額をもって相続税を支払うことにもなりかねない。そのような場合(だけ)を想定すれば、保険金額が高額にも変動する変額保険は、支払時の金額が目減りする定額保険よりも、相続税対策となるといえる。

その場合、保有不動産の高騰に伴う高額の相続税の支払資金を用意するためには、変額保険金額も高額のものが必要となり、保険料も高額となる。そこで、当該不動産を担保として保険料を支払うための借入をすることになる。

その結果、相続発生時の相続税の支払いの他に借入金の返済が必要となる。相続税を低額にすることができ、あるいは資産を処分せずに相続税を支払えても、借入金の返済ができなければ、担保とされている保有資産の処分をせざるを得ないことになるので、資産の維持保有という当初の目的が結局は実現されないことになる点に注意しなくてはならないのである。

(2) 変額保険による相続税対策の難しさ

そうすると、相続税対策のために、借入金によって変額保険に加入する場合には、不動産の値上がり傾向の継続度、被保険者の相続発生時期の見通し、相続税額の予想額、変額保険の資産運用見通し、借入元利金の返済時期と返済金額等を想定して、判断する必要があるといえる。これは本来は極めて難しい高度の判断を要することというべきである。もっとも、他の点が難しくて不明であっても、少なくとも資産の運用実績が好調で借入金の返済を超えるだけのものであれば、変額保険が相続税の支払原資を用意する手段として有効なことは明らかといってよいであろう。

なお、高額の相続税の支払資金の捻出のために、端的に有価証券取引に投資する場合と対比すると、後者において課題が明確に一つに限定され、短期間に成果あるいは失敗が結果として現れるので、その後の修正が可能である。それに反し、変額保険の場合には不確定の比較的短期とはいえない相続発生時まで、保険会社に借金した資産の運用を任せていることからくる自己責任の希薄さがある。これに、最低保障制度からくるそこはかとない安心感とが相まって、事態の変化を認識し方針の修正をする現実的な決断の契機を逸しがちである。

(3) 見込み違い

ところが、いわゆるバブル経済の華やかりしころには、ほとんどすべての者が不動産類は長期的に値上がりを続けると信じ、インフレ対策に躍起となり、多くは借入金により不動産、株式等の値上がりが期待できる商品を購入し、あるいはそのようなものへの投資を他人に委託する方法を採ったことは一般に知られている事実である。ところが、その後にバブル経済が崩壊し、気が付いた時には、借入金債務が膨張し委託した資産の運用実績は低迷しているのがよく見られる実情である。

3 変額保険の勧誘・加入における留意点

1、2のような変額保険の仕組み、内容及び特色からすれば、保険会社からみての変額保険の勧誘あるいは契約者側からみてのその加入に際しては、従来の定額保険と異なり、基本的には自己責任が要求される投資であるとの認識を契約者が有することが最も重要である。そして、借入金をもって保険料を用意する場合には、相続税額とその支払いの見込みと並んで、あるいはそれ以上に当該借入金(金利を含む。)の返済見通しを立て、そして、資産の運用実績が悪化すれば、借入金債務が膨張して返済が困難となるリスクのあることを認識することが当然ながら極めて重要である。

二  事実の経緯

そこで、本件の争点を判断するために必要な本件変額保険締結時の経緯を検討する。

記録によれば、次の事実が認められる。

1 小俣の原告方への訪問

原告は、本件変額保険契約締結当時(平成二年)、六四歳(大正一四年生まれ)の開業医(皮膚科等)であり、昭和六〇年に、妻を亡くし肩書地で一人暮らしをしている。

被告明治生命上野支社葛飾営業所長をしていた小俣は、平成二年四月ころ、原告が別に加入していた定額保険「ゴールド」の集金を担当していた同営業所の営業職員土肥久枝から、原告に相続税対策として変額保険を勧めたいとの申し出を受け、右土肥とともに原告方を訪問した。その際、小俣は、原告に家族構成を尋ねるとともに、変額保険及び相続税対策について、概略左記の内容を約一時間かけて説明した。

(1) 保険料を主として株式で運用するので、保険金、解約返戻金は運用実績によって変動する。

(2) 株式投資がうまく行かず、運用実績が悪くても、基本保険金は支払われる。

(3) 保険料は銀行からの借入金で賄うので、自己資金を準備しなくてもよい。

(4) 銀行からの借入金に利息が加わっても、相続時に債務控除と対象となるので、利息全部が損失になるわけではない。

(5) 変額保険への加入を、財テクではなく、相続税対策として考えてほしい。

2 その後の訪問

そして、後記の経緯を経て契約が成立するまでの間、小俣は、原告方を五、六回訪れ、変額保険への加入を勧誘した。1の当初訪問時からその後複数回の訪問時のいずれかの際、小俣は、「明治のダイナミック保険ナイスONE」と題する本件変額保険契約のパンフレット、同名の表題のある設計書あるいは手書きの資料を持参した。

右パンフレットには、「変額保険とは」と題する欄に、「保険料は一定で、保険金額が特別勘定の資産の運用実績に基づいて増減する生命保険です。」と、その下の「変額保険にかかわる資産の管理・運用について」と題する欄に、「特別勘定とは、変額保険にかかわる資産の管理・運用を行うもので、他の保険種類にかかわる資産とは区分し、独立して管理・運用を行います。上場株式、公社債等の有価証券を主体とした運用を行う(中略)。*ご契約者は、経済情勢や運用如何により高い収益を期待できますが、一方で株価の低下や為替の変動による投資リスクを負うことになります。」と記載され(特に、*以下はゴチック体で書かれて目立つようになっている。)、特別勘定の資産の運用実績例表として、運用実績が九パーセント、四・五パーセント及び〇パーセントの各場合の死亡・高度障害保険金及び返戻金の額が例示され、また保険金が変動する旨を示す図が書かれている。

さらに、右手書きの資料のうち、「当プランを活用した相続税対策の考え方」と題する文書には、「当プランの基本的考え方」として、「原告の相続ならびに原告の長女あるいは次女の相続(原告の孫への相続)に至るまでの相続対策についての考え方が記載され、甲一の二の「……相続税対策プラン」と題する書面には、原告が被保険者を原告の長女及び次女として、土地を担保に一時払変額保険に加入した場合に生ずる相続税の軽減効果(前記一2(二)(2)参照)が説明されている。さらに、保険勧誘資料には、原告、その長女及び次女を被保険者とし、保険金を各二億円、銀行借入年七パーセント、変額保険年九パーセントとした場合において、一〇年、一五年及び二〇年後に借入元利金、相続財産軽減額及び保険金がどうなるかという見通しが表にして記載されている(表の外枠はワープロ等で作成されており、表中の数字などは手書きである。)。

3 健康診断の受診と原告の検討

原告は、小俣の勧誘から、変額保険に加入する気持ちを抱くようになり、平成二年五月二四日、保険金の額は決めていなかったが、被告明治生命による健康診断を受けた。小俣は、このころ、保険勧誘資料及び生命保険契約申込書を持参して原告方を訪れ、原告を被保険者、保険金額二億円とするプランを勧め、とりあえずその旨を記載した申込書に原告に署名捺印をして貰った。

4 保険金額五〇〇〇万円の決定

次いで、原告は、小俣に対し、保険金額をより少なくするプランの試算をして欲しいと伝え、小俣は、保険勧誘資料を持参して原告方を訪れた。

右保険勧誘資料(全部手書きのもの)には、「ケース1・保険金二億円・保険料五七六八万円」、「ケース2・保険金七千万円・保険料四〇三八万円」及び「ケース3・保険金五千万円・保険料二八八四万円」の三つのケースが記載されており、小俣は、右資料を渡した時点で、被保険者を原告とする保険金七〇〇〇万円のプランを勧めたが、結局、原告は、保険金五〇〇〇万円、保険料二八八四万円の保険に加入することになった。

5 小俣による変額保険の説明等

小俣は、以上のとおり合計五、六回原告方を訪問し、原告に対し、パンフレットを使う等して変額保険について説明した。原告は、小俣の説明により変額保険には資産を株式に投資することに伴う制度上のリスクが存在することを理解した。

これに関連して、原告は、小俣に対し、例えば株式が全く駄目になった場合はどうなるかと尋ね、小俣は、基本保険金は保障されていること、借入元利合計額が相続時に債務控除の対象となる等と説明した。

また、原告は、株式投資の経験もあり、株式相場について一時的に悪くても日本経済を見ると株価が急降下することはないと思うとの小俣の説明に相づちを打ったこともあった。

6 本件貸付及び本件変額保険契約の締結

小俣は、平成二年六月中旬ころ、被告東海銀行葛飾支店の小桧山に対し、原告が保険料を五〇〇〇万円とする生命保険に加入する予定なので融資を検討してほしい旨伝えた。その後、原告は、同月下旬ころ、結局、保険金額を五〇〇〇万円(保険料二八八四万円)と決め、小俣の紹介により、被告東海銀行葛飾支店に融資を申し込み、同年七月九日、ミリオン信用保証株式会社が本件貸付について連帯保証するとともに、右保証委託取引上の債権担保のために同社を根抵当権者として、原告の所有する自宅の土地建物に極度額一億一〇〇〇万円の根抵当権を設定し、被告東海銀行は、原告に対し、本件貸付を実行した。

本件貸付の実行に至るまで、小桧山は、変額保険については何ら原告に説明することはなかった。同日、貸し付けられた三〇〇〇万円の中から二八八四万三五〇〇円が、原告から被告明治生命に対して、保険料として払い込まれ、同年八月一日付で、原告と被告明治生命との間で本件変額保険契約が締結された。(本件変額保険契約の内容と成立は争いがない。)

7 その後の経過

本件変額保険契約の締結後、被告明治生命から、原告のもとへ、一年に一度の割合で変額保険特別勘定の決算内容を報告する文書が送付された。これによれば、平成二年(一九九〇年)八月一日に四〇歳の男性が保険金一〇〇〇万円の一時払い変額保険に加入した場合の変額保険金額は、平成三年度決算(平成四年三月末)ではマイナス三〇二万円、平成四年度決算(平成五年三月末)ではマイナス三八九万円であった。

そのようなことから、原告は、平成五年一〇月八日、本件変額保険契約を解約した。(解約の事実は争いがない。)

三  被告明治生命の責任の有無

1 詐欺・錯誤の有無

(一) 原告は、「小俣が変額保険の勧誘に際し、危険ではないかとの原告の問いに対し、絶対に危険はなく、安全確実であると説明したため、原告は錯誤に陥り、また騙された。」旨を主張する。

前記認定事実(二1・2・5)のとおり、原告は、従前から株式取引を経験し、本件変額保険契約を締結するにあたって、少なくともパンフレット及び自己の度重なる疑問提起に対する小俣の説明により保険金及び解約返戻金は、被告明治生命が行う株式投資等の資産の運用実績によって変動するため、利益も出るがリスクもあり、解約返戻金あるいは保険金が保険料支払いのための借入元利金を下回る可能性があることを少なくとも観念としては十分に理解したものである。

原告は、その上で、小俣が現実にはそのようなリスクがないと述べた点を問題とする。すなわち、原告は、「小俣は、『危険はない。絶対損はない。明治生命には五兆円の資産がある。年九パーセントは回る。』と言い、五兆円も資産があるのなら、顧客に迷惑をかけることなどないだろうと思って本件変額保険契約を締結した。」旨を供述し、小俣も、明治生命には株式の含み資産が五兆円あると話したことは認めている。しかしながら、原告の株式取引の経験とそれまでの生活体験で裏打ちされた本能的な警戒感はまさに客観的には正しかったのであり、リスクは客観的には存在するのである。小俣の説明も一〇〇パーセント例外なしにリスクがないと述べているものではなく、仮にそのように聞こえる紛らわしい説明があったとしても、それは、所詮はセールストークである。そして、原告は、右の本能的な警戒感に基づく度重なる疑問提起と小俣の説明により、そのことを当然に理解することができたということができる。

よって、原告が小俣の説明により現実問題としては九パーセントの割合による利回りの資産運用が絶対確実であり、リスクがないと誤信し、これにより錯誤に陥ったとか小俣に右の点で騙されたということはできない。

(二) また、原告の主張は、「小俣の説明により、変額保険がそれ自体の性質として、確実に利益を発生させ、損失を生ずる余地のないものと原告において誤信させられたとし、それをもって錯誤に陥ったあるいは詐欺に該当する。」というのかもしれない。

しかし、原告が変額保険の性質自体について右のように理解していたことを認めるに足りる証拠はない。反対に、前示のとおり、原告は、変額保険の基本的な性格が特別勘定部分の資産を株式等に投資することが変動する保険金額を得るという点にあることを認識していたものである。

したがって、原告の右のような錯誤・詐欺の主張は理由がない。

2 不法行為の成否

(一) 変額保険の説明義務違反の有無

原告は、第一に、小俣が変額保険の特色について説明をすべき義務に違反して説明をしなかったと主張する。

(1) 説明義務

ところで、生命保険を募集するためには、生命保険募集人として登録されていなければならず(募取法九条)、募集をする者は、「保険契約者または被保険者に対して、不実のことを告げ、若しくは保険契約の契約条項の一部につき比較した事項を告げ、又は保険契約の契約条項のうち重要な事項を告げない行為」並びに「保険契約者又は被保険者に対して特別の利益の提供を約し、又は保険料の割引、割戻その他特別の利益を提供する行為」を禁止される(同法一六条一項一号、四号。)として、右禁止の違反に対しては、業務停止、登録取消等の行政処分のほか(二〇条一項)、違反者に対しては一年以下の懲役又は一万円以下の罰金(一四条違反の場合は五〇〇〇円以下の罰金のみ。二二条一項・二五条)を科す旨が定められている。そして、従来、我が国においては生命保険としては定額保険のみが存在していたため一般に生命保険が安全性のある商品であると認識されていたことを考えあわせると、変額保険を募集する者は変額保険に加入しようとする者に対し、特別勘定の運用の結果により保険金額及び解約返戻金が変動し、終身保険の場合の基本保険金を除いては最低保障されているものはないという変額保険の本質的要素を説明する法的義務(私法上のもの)が信義則上要求されているものと解される。ただし、相手方保険契約者の職業、年齢、財産状態及び変額保険についての知識経験等の具体的な状況次第で必要な説明の程度に違いがあると解される。

(2) 本件における説明の有無

前記認定事実(二1・2・5)によると、小俣は、原告に対し、変額保険の概要の記載のあるパンフレットを少なくとも交付しており、口頭でも変額保険の内容を説明している。また、原告は、小俣に変額保険のリスクについて何度も尋ねており、保険金額二億円の保険への勧誘に対し、五〇〇〇万円のものを契約している。右の書面及び口頭の説明並びに質疑応答は前記の変額保険の本質的要素の説明を含んでいる。しかも、原告は、株式の取引経験を有し、右の説明過程を通じて変額保険の特色を認識するに至っていたものである。したがって、小俣は被告明治生命の募集人として原告に対する前記の説明義務を尽くしていたということができる。

(二) (虚偽の事実の告知の有無と不法行為の成否

原告は、第二に、本件変額保険が実際上絶対に安全で運用実績は年九パーセントである旨の虚偽の事実を小俣において原告に告知した旨を主張する。

しかし、前記二の認定事実に照らすと、小俣が、原告に対し、本件変額保険契約への加入に際し、絶対に安全確実で危険はないとまで述べたとは認められない。

また、仮に小俣が被告明治生命において実際上年九パーセントは確実に回ると受け取られかねない説明を原告に対してしたとしても、前記三1(一)のとおり、それが一〇〇パーセントの真実ではないことは、原告は理解できたはずである。というのは、原告は、株式取引の経験を有し、変額保険が株式等の投資に保険会社の資産を運用することによって変額保険金をもたらすものであることを知っていたからである。

したがって、仮に小俣が原告に一〇〇パーセント真実とはいえない説明をしたとしても原告がそれを真実と誤信したものではないのである。したがって、そうである以上、右小俣の行為と原告の本件変額保険加入との間には法的因果関係はない。

なお、前記認定事実(二1等)からすると、小俣は、本件変額保険契約締結を勧めるにあたり、もっぱら相続税対策としての有効性を強調し、変額保険の運用実績が借入利息を下回った場合に原告が引き受けなければならない危険性について具体的な説明まではしていないとうかがわれる。

しかしながら、右(一)において判断したとおり、原告は、本件変額保険契約締結にあたって、運用実績が低迷して解約返戻金が支払保険料を長期にわたって下回ることがあることを十分理解していたものと認められる上、前記認定事実によれば、原告は、手書きの保険勧誘資料により、一〇年後、一五年後及び二〇年後の借入元利合計額と死亡保険金額を検討した上で、保険金七〇〇〇万円のプランを断って保険金五〇〇〇万円の変額保険への加入を決めたのであり、運用実績が良くても、時間が経つにつれて銀行借入の利息が増大して、変額保険金額を上回ることもあり得ることは十分に理解していたものと推認される。

したがって、小俣が、変額保険の運用実績が借入利息を下回った場合に原告が被る損失について具体的に説明しなかったとしても、不法行為にはならないというべきである。

(三) 以上より、小俣の勧誘行為には違法性はなく、原告の不法行為に基づく損害賠償請求は理由がない。

四  被告東海銀行に対する請求の成否

1 公序良俗違反・詐欺等の成否

原告の被告東海銀行に対する不当利得返還請求は、本件変額保険契約が無効となるべきものであることを前提として、公序良俗違反、割賦販売法三〇条の四の類推適用及び本件変額保険契約との不可分一体等を理由として本件貸付も無効であるとするものである。したがって、前記三1のように本件変額保険契約につき錯誤も詐欺も認められない以上、右請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

2 不法行為

三2で述べたとおり、本件変額保険契約締結にあたっては、小俣ないし被告明治生命には原告に対する不法行為は認められない。

したがって、被告東海銀行は本件貸付を実行したことが被告明治生命の不法行為に加担したことになるものではない。そして他に被告東海銀行の小桧山に、原告に対する不法行為といえるような行為は見当たらない。

以上により、原告の被告東海銀行に対する損害賠償請求は、理由がない。

五  以上によれば、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用は民事訴訟法八九条を適用して原告の負担とする。

(裁判長裁判官 岡光民雄 裁判官 松本清隆 裁判官 平出喜一)

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